正しいお金の使い方
お金を増やす方法を語る人はたくさんいますが、そのお金をどう使えば幸せになれるかを語る人は多くありません。これは、ほとんどの人が正しいお金の使い方を自分では分かっていると考えているからでしょう。しかし、実際にはお金をうまく使って幸せになるのは難しいものです。宝くじの高額当選者のように、分不相応な大金を手にして不幸に陥った話は枚挙に暇がありません。
行動経済学の一分野として、幸福経済学があります。これは、人間の幸福を定量的に評価し、それを向上させる方法を明らかにする学問です。この学問分野の進展により、今ではどのようにお金を使えば人は幸福になれるのかも明らかになっています。多少の個人差はあれど、多くの人はこの知識を活用してお金を使うことで今まで以上の幸福を得られるはずです。
モノよりも経験を買うこと
モノよりも経験を買う方が幸福度が上がります。モノを買って得られる幸せは急速に色褪せていくのに対し、経験は記憶として残り思い出して何度も楽しめるためです。どんなに大きな素晴らしい家を建てても、夜景の見える素敵なタワーマンションを買っても、こだわり抜いた家具を揃えても、人はすぐに慣れて何も感じなくなります。一方、アフリカのサバンナで見た美しい夕日に照らされた動物たちの群れはいつまでも思い出として残り続け、思い出すたびに幸福を運んできてくれます。
経験が人格を形成する要素であることも非常に重要です。大枚をはたいてピカピカの新車を買った人と、同じお金で自転車に乗って世界中を旅する経験をした人と、どちらに魅力を感じるでしょうか。
また、経験の多くは他人と共有できるものです。友人と行った旅行の思い出は、合うたびに何度も話の種となり、その都度何度も幸せを感じることができます。
他人のためにお金を使うこと
人は社会的な動物と言われる通り、他者との社会的なつながりにより幸せを感じるものです。他者に贈り物をすること、チャリティーに寄付すること、いずれも自分の消費に充てるよりも幸福度を上げることが明らかになっています。この傾向は、地域や文化、収入の多寡にほとんど影響を受けません。
他人のためにお金を使うことは、単にそれ自体が気持ち良いということにとどまりません。他人のための支出は、新たな社会的なつながりを生むことが多く、それがさらに大きな幸せを生むという好循環を生みます。恋人やパートナーへの贈り物は長期的に良好な関係を築く助けとなり、まとまった額の寄付は新たに良好な人間関係を生み出していきます。
寄付文化の薄い日本ではなかなな大きな額の寄付はハードルが高いものですが、まずは手軽なところから始めるだけでも幸福につながるはずです。投資家諸兄は、消費しきれない株主優待品を無理に消費したり手間を掛けてまで換金するよりも、身近な人に気前よくバラまいてしまうところから始めてみるのはいかがでしょうか。
一点豪華主義ではなく、多くの小さな楽しみにお金を使うこと
大きな一度の支出には人は簡単に慣れてしまうものですが、多くの小さな楽しみはその都度新たな体験となり幸福度を上げていきます。大きなダイニングテーブルを手に入れても翌日には慣れてしまいますが、行きつけの飲み屋に通うことはその都度新たな体験があるものです。新しい銘柄のお酒や珍しい食材の入荷、飲み友達からの新たな友人の紹介といった些細ながらも新しい体験は新鮮な体験と幸福を運んでくれます。
もう一つ、人の感覚が指数的という理由があります。人の感覚は決して線形ではなく、概ね指数の法則に従います。10倍のお金を払ったからといって10倍の幸せが得られるわけではなく、せいぜい数倍が良いところです。それならば10回小さな楽しみを味わったほうが良いというのも道理です。
先払いすること
クレジットカードが普及している今、多くの人は後払いに抵抗がありません。クレジットカードで支払えば煩わしい現金の扱いがなく、支払いを先延ばしにでき、ポイントまで貯まります。
しかしながら、幸福という観点から見るとこうした後払いはあまり望ましいものではありません。後払いはワクワクして待っているという最も楽しい時間を台無しにしてしまうためです。友人と行く旅行の際に、代金を先払いしてまとめて支払った経験のある方も多いかと思います。この際の支払いから旅行までのワクワクした気分は、その日の思いつきで行った旅行では決して味わえないものです。
商品の比較にこだわりすぎない
買い物をする際に徹底して商品の比較をする方も多いかと思います。家電などの耐久消費財はもちろんのこと、不動産などの大きな買い物ではなおさらです。しかし、やりすぎは禁物です。
商品の比較自体は非常に手間と時間がかかるだけではなく、比較をしていくうちにより上位の商品が欲しくなってしまうためです。何件もの物件を回って見るうちに目が肥えてしまい、当初の予算を超えた家に住むことになった経験がある方もいるのではないでしょうか (意図的にこの手法を用いる不動産屋もいます)。それでも一度住んでしまえば他の家との比較をする機会はまずありません。
参考文献
- Dunn, E. W., Gilbert, D. T., & Wilson, T. D. (2011). If money doesn’t make you happy, then you probably aren’t spending it right. Journal of Consumer Psychology, 21(2), 115–125.
- Nicolao, L., Irwin, Julie, A. R., & Goodman, J. A. K. (2009). Happiness for sale: Do experiential purchases make consumers happier than material purchases? Journal of Consumer Research, 36(2), 188-198.
- Van Boven, L., & Gilovich, T. (2003). To do or to have? That is the question. Journal of Personality and Social Psychology, 85,(6), 1193-1202.
- Dunn, E.W., Aknin, L., & Norton, M. I. (2008). Spending money on others promotes happiness. Science, 319, 1687-1688.
- Aknin, L.B., Barrington-Leigh, C.P., Dunn, E.W., Helliwell, J.F., Biswas-Diener, R., Kemeza, I., Nyende, P., AshtonJames, C.E., & Norton, M.I. (2010). Prosocial spending and well-being: Cross-cultural evidence for a psychological universal. Manuscript submitted for publication.
- Diener, E., Sandvik, E., & Pavot, W. (1991). Happiness is the frequency, not the intensity, of positive versus negative affect. In F. Strack, M. Argyle & N. Schwarz (Eds.), Subjective well-being: An interdisciplinary perspective (pp. 119-140). Oxford: Pergamon.